2012年11月16日

王子総合高校の校舎が完成

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▲正門には新校章が・・・・



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▲旧・通用門が正門になったようです



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▲窓には壁面緑化の仕掛けが?!



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▲旧・正門から見た新校舎



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▲掲示板にはフェンシング部が関東大会に出場と・・・           


校長先生に確認しましたところ・・・・

本日付で東京都から学校側に鍵が引き渡されたそうです。

王工の歴史資料室のことも・・・・

記念碑の設置場所のことも・・・・

近日中に学校に訪問して確認して参ります。
posted by 王工の思い出 at 22:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月15日

昭和38年卒業・D組・・・・カナダ在住の渡辺福雄君を囲んで

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後列左から・・・・
鈴木君、白井君、梶川君
前列左から・・・・
小川君、金古先生、渡辺君、岡本君、細野、柳君

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小川君、金古先生、
カタコトの日本語になりつつある渡辺福雄君

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われらD組の恩師はまさに我らの宝物・・・・?????

顔のツヤも・・・・笑顔も・・・・元気の源泉はいったい何処から???



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今回の会合は・・・・
「3D会」のメーリングリストと確認できているメールアドレスからの呼びかけで集合しました。

2週間の予定で日本にやってきたカナダ在住の渡辺福雄君は
奥様(フランス系カナダ人)のお許しが得られての日本行き・・・・???

開放感一杯の笑顔は・・・・これまた素晴らしい。

渡辺君にとっては・・・・
来日の際は必ずクラスの仲間達とのゴルフを・・・・。それは何よりもの楽しみのよう・・・・。

次回はいつになることでしょうか???
posted by 王工の思い出 at 23:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

1969年B組(昼機械科、榎本先生)クラス会


王高1969年B組(昼機械科、榎本先生)卒業の大村悦男
と申します。

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本年2月に42年ぶりのクラス会を行う御知らせを
致しましたが、3月大震災も有り、中止するかの検討を重ねた上で、
結局5月23日に実施致しましたので、
報告兼ねて当日の写真を添付致しました。

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王高の跡地にも向かいましたが、本年末の新高校
再開に向けて、更地になっておりました。

段々と集まる機会も少なくなりますが、当日は13名
プラス担任の榎本先生に出席頂きました。

遠くはカナダから駆けつけて呉れた友人にも会えました。


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posted by 王工の思い出 at 08:56| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月30日

仮校舎の見学会。




広い校庭に建てられた仮校舎は、3.11発生の東日本巨大地震の影響による省エネの実施。
すべての廊下は消灯され・・・・校舎内はくらい。

男女共学なので華やいだ空気が廊下にも漏れてきた。

posted by 王工の思い出 at 10:33| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

昭和41年卒業 G組 クラス会

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 我々、昭和41年卒業(第18回)の電子科G組のクラス会は、去る5月29日(日)の午後、小雨降る旧王工正門前に集合し、始まった。

 あいにくの雨であったが、新校舎の建設中の様子を見たり、運動場に仮設された仮校舎を見たりした。体育館脇のヒマラヤスギは、無事に残されており、全体の面影は変わっていないので、一同懐かしい気持ちで一杯だった。


 振り返れば、卒業から45年の歳月が流れている。すぐ分かる顔もあれば、本当に45年ぶりであなたは誰ですか、という顔もあった。在校時は坊主頭であった級友が髪がふさふさであったり、長髪でいたものが、はげ頭になっていたり、まことに不思議な光景に一同大笑いの連続である。

その後、懇親会場に再度集合し数十年ぶりに会う級友も交え、再会の乾杯をした。あいにく、担任の井内先生(85歳)は体調がすぐれず欠席となったが、卒業生42名中15名が参加し、それぞれが卒業から今日に至るまでの仕事や生活を報告する5分間スピーチを行った。H.Rで鍛えただけに見事予定時間の1時間半以内で完了した。


 参加者の年齢は63又は64歳で、その半数には孫がおり、一人を除き全員の配偶者は健在であるとのこと。三分の一は経営者として活躍中、三分の一はまだサラリーマンとして働き、残りの三分の一は年金暮らしといったところか。激動の時代を生きただけに、卒業時から、転職をしなかったものは2名だけであった。それからは、いろいろな先生達の、消息や思いで話などに花が咲き、井内先生のクラスでで良かったと言うのが、一応の結論か。


 一方、健康状態は心筋梗塞で仮死状態に陥り蘇生したもの、脳梗塞を
2回やりリハビリによりやっと歩行できるようになったもの、副腎を一つ取ったものなど、その他総合病院の病棟並みで、健常者は少数であった。


 幹事の記憶によれば、20歳台のときのクラス会では、20数名の参加があったが、そのときは日本酒一升瓶で15〜6本、ビール百数十本を消費し、ばたばたと倒れたものが続出したと思うが、今回はその十分の一程度であった。酒量は年齢に反比例し確実に少なくなっている。おかげで、幹事は予算の心配をせずに、安心し運営をすることが出来た。


 遠方から参加の
1名をのぞき、全員が二次会に移ってもさすがに、40数年も経験をつんできただけあり、酒で倒れるものも無く、命があれば再会しようと誓い、「天は明るし地は広し・・」の校歌を高らかに斉唱し散会となった。有志は3次会まで粘り、最後は全員無事で帰宅することが出来た、と思っている。

 

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posted by 王工の思い出 at 22:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月04日

「都立王子総合高等学校」の学校見学会

卒業生の武田さんよりメールをいただきました。

今年3月にスタートしました

「都立王子総合高等学校」の学校見学会が

下記の日程にて実施されるそうです。

なお、当日13:25までは授業公開も行っているので、授業参観も出来るようです。

お時間のある卒業生は…是非…ご参加を…。


◆日 時 平成23年6月25日(土)14:00〜15:00
◆会 場 本校1階木工室    
 
※ 事前予約は必要ないそうです。
  学校に直接お出かけください!!


◆学校見学会の案内
http://www.oji-sogo-h.metro.tokyo.jp/cms/html/entry/51/1.html

◆学校長の挨拶
http://www.oji-sogo-h.metro.tokyo.jp/cms/html/entry/6/file75.pdf




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2011年05月15日

連絡用メールアドレスの誤り…

◆ホームページ・連絡用メールアドレスの誤り…


都立王子総合高等学校の入学式から1ヶ月半が過ぎました。

仮設校舎で勉強する生徒達は

体育館も使えない状態で不自由なことと思います。



さて…過日、卒業生からご指摘があり

ホームページから【事務局】へのメール送信をしてもメールが届かない…

とのことで、

その原因は…セッティングしてあるメールアドレスに誤りがあることが分かりました。


正しくは

王友会事務局ohyukai@holonics.gr.jp


ですのでよろしくお願いいたします。


できるだけ早い機会に修正いたしますので

それまでは…上記より送信いただきますようお願いいたします。




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posted by 王工の思い出 at 14:36| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 【管理者の日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

2011年02月15日

卒業生、佐野君からの転送写真

◆門柱の表記が「東京都立王子総合高等学校」に変身


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posted by 王工の思い出 at 18:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 【管理者の日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月08日

体育館のみを残して解体完了

正門前の風景もすっかり変わってしまいました。



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正門の門柱は・・・・都立王子工業高等学校の表示がそのままです。


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裏門から観た光景@

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裏門から観た光景A




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posted by 王工の思い出 at 22:19| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆母校の校舎…解体記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

昭和55年 第32回電気科卒 クラス会を開きたいのでご連絡ください>

昭和55年 第32回電気科卒(担任:山崎洋一先生)

クラス会を開きたいのでご連絡ください>

 
クラスの人たちの消息が不明の方が多くクラス全体に呼びかけたい
のですが、どのようにすればよいでしょうか?
よろしくお願いいたします
 


また、先日10月28日同クラスの山崎 勝君が

大動脈解離で亡くなりました。同窓会へご報告いたします。
 




◆リンク「卒業生のHP」に同クラスの鈴木 功君(芸名:鷲生 功

の方もよければ載せてあげてください。
現在ブログのみになっているようですが
http://wasyu.exblog.jp/
 
 


【投稿者】 
昭和55年 第32回電気科卒(担任:山崎洋一先生)

 
富澤 孝幸
 
〒136−0071

江東区亀戸●−●−●

Tel 03−5626−8332

携帯 080−3456−0345
アドレス:tomizawa0914@na3.fiberbit.net

          c_n_r_t_family_26260214@docomo.ne.jp




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2010年11月04日

昭和55年/第32回の卒業生

第32回電気科E組卒 富澤 孝幸さんより情報をいただきました。

 

第32回電気科E組卒
室井 康一
60周年同窓会名簿(平成13年度版)
P219

第32回電気科E組卒
山崎  勝
60周年同窓会名簿(平成13年度版)
P219

第38回電子科F組卒
加藤 弘二
60周年同窓会名簿(平成13年度版)
P257


ご冥福をお祈りいたします。

合掌

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posted by 王工の思い出 at 18:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆◇◆=訃報=◆◇◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

解体作業が進んでいます。

定時制給食室に続いて……
職員室や会議室があった「第1棟」は完全に解体されました。

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▲通用門から見た景観

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▲学校前の道路の雰囲気も随分変わりました





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▲正門前から見た景観

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▲都立王子工業高等学校のエンブレムはまだ表示されていました。

撤去をするときには……有志が集まって立ち会いますか??


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▲正面玄関から見た校庭に向かう通路

校庭には杭打ちが始まり……

仮校舎の建設の準備に入るようです。




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posted by 王工の思い出 at 18:26| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆母校の校舎…解体記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

『東京都立王子総合高等学校』に決定しました。

平成22年10月14日(木)付の東京都公報(http://www.tokyoto-koho.metro.tokyo.jp/)・増刊60号 3〜4ページに

北地区総合高等学校(仮称)が

『東京都立王子総合高等学校』

として正式に発表されました。

都立王子工業高等学校の多くの卒業生の想いが

現実となりましたのでお知らせいたします。



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posted by 王工の思い出 at 19:35| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

石川孝光さんの葬儀の詳細がわかりました

石川孝光さんの葬儀
 
葬儀の場所: 京急メモリアル 金沢文庫斎条
      【地図】http://www.doko.jp/search/shop/sc866732

         住所 横浜市 金沢区谷津町384
         電話 045 784 9833
         FAX 045 784 6919
 
交通: 京浜急行 金沢文庫より徒歩数分
お通夜: 9月23日(木) 18時ー19時
告別式: 9月24日(金) 12時ー13時


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posted by 王工の思い出 at 12:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆◇◆=訃報=◆◇◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

昭和38年卒・生徒会長 石川孝光氏が膵臓がんで死去

昭和38年卒・生徒会長 石川孝光氏が膵臓がんで死去


王友会 細野孟士会長および関係各位殿
 
誠に残念なお知らせです。前会長の前川さん、現会長の細野さんと
同年(38年)卒の 石川孝光さんが昨日19日逝去されました。つい先日
すい臓がんであるということで入院されたばかりでした。38会などを通じて
先輩、後輩、先生方等を結び王友会活動にもいろいろと参画されておられました。
通夜、告別式は23日、24日になりますが場所時間などがハッキリし次第後連絡いたします。
取り急ぎご連絡申し上げます。
 
 
 石川さんは王工卒業後、創立間もない富士ゼロックスに新入社員一期生として入社され
国内、外のテクニカルサービス部門の立上げ等の活躍を以って多くの王工後輩を導きいれました。
晩年には富士ゼロックス課長職以下を対象とした全社社員教育の一つ、品質管理(TQC)の
教育開発に従事され、定年退社後には中小企業で講師を務めておられました。
 
尚、私、石原 隆はS40年卒で、在校時代、3年の進路指導の時間に私が
1年のときの3年で生徒会長であった石川先輩が富士ゼロックスを紹介にこられ、
これが縁で私も富士ゼロックスに入社しました。これらの縁を以って皆様にお知らせする次第です。
 
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石原 隆
埼玉県朝霞市根岸台
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posted by 王工の思い出 at 13:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 【王友会・事務局】から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

校舎解体記録−2

◆校舎解体記録−2010.09.05

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2009年3月7日の「閉校式典」を終えてから早くも1年半。
毎日のように熱射が照りつける2010年の夏は永い。
母校の校舎は少しずつだが解体作業が進んでいる。
来週中には食堂の解体が終わる予定。
すでにアスベスト撤去作業が終わった校舎は……第1棟から順次解体されるという。




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2010年08月25日

北地区総合学科高等学校(仮称)のホームページ


本日現在
「北地区総合学科高等学校(仮称)」の呼称のままですが
正式名称はいつ決まるのでしょうか?

王工の多くの卒業生からの希望であった

『王子総合学科高等学校』の呼称は……

東京都の学校改革委員会の中で採用されるのかどうかは

いまだ何の連絡もありません。

秋頃に決定するということでしたので…そろそろ打診してみたいと思っています。




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母校校舎の解体が始まる−2010.08.25

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時折聞こえる金属音とユンボのエンジン音。
室内ではアスベストの除去作業が始まっているのか……
9月になると本格的な解体作業に入るのだろうか……


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2010年05月12日

都立王子工業高等学校PDF版【創立50周年記念誌】ができました。

◆都立王子工業高等学校
   PDF版【創立50周年記念誌】
ができました。


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かねてり記念誌のデジタル化を進めておりますが

先の40周年記念誌に引き続き

このたび、佐野豊治君の協力を得て

50周年記念誌(カラーグラビア+140ページ)のPDF化が終わりました。

CDのデザインをしてくださる方を探しています。


引き続き他の記念誌もPDF化にしてまいります。



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2010年03月17日

滝本先生がご逝去されました。

滝本教頭先生がご逝去されました。

1981〜1989年の間、王子工高の教頭をされた滝本先生が
3月17日にご逝去されました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

◆通夜………3月19日 PM 6:00〜7:00
◆告別式……3月20日 12:00〜13:00
◆会場………「国領総合斎場」 調布市八雲2−4−3 電話042-490-0851)

         http://www.kurashinotomo.jp/sougi/saijou/pdf/map_choufu.pdf
                  京王線国領駅の近くとのことです。



この情報は、金古 重先生よりいただきました。



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posted by 王工の思い出 at 22:58| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | ◆◇◆=訃報=◆◇◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

王子総合学科高等学校

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┗■王子総合学科高等学校


◆命名の背景となる記述

 同じ場所に出来るのだから、同じような名前でいいと思います。

 桜丘女子校だって共学に変わって「桜丘高等学校」と、「桜丘」を引き継いでいる。

 王子工高だって同様に引き継いでいいのではないか。


 タクシーで「桜丘女子校に行ってくれ」と言えば、「桜丘高校ですか?」となるでしょう。

全く違う名前にすると見付けられません。


卒業生からして見れば、「どうして新設高で1からスタートしなければいけないの?」

と言う不満が有るけれど、この名前なら納得出来るでしょう。


◆卒年・クラス……47年B組

◆氏名……………武田 英夫



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2010年03月13日

飛鳥山総合学科高等学校

◆飛鳥山総合学科高等学校、


◆なんとなく浮かんできた!

◆王工・3D会 昭和38年卒
◆渡辺福雄(カナダ在住)
posted by 王工の思い出 at 23:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学校名は 「王子総合学科高等学校」を希望


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┗■学校名は 「王子総合学科高等学校」を希望


◆命名の背景となる記述

高度経済成長期、そして低成長に入ってもなお現在のように少子化が
社会問題となるまでの暫くの間は工業高校、商業高校等が就職への教育機関
として十分に機能してきた。

そういった歴史の中に 戦前にルーツを持ち都立王子工業高校があった。


工業高校の役目は終わったわけではなく必要であり改革には賛成であるが、都が改革をより
特化したカリキュラムで大学まで繋げることを狙って存続させる工業高校は誰とは言わないが
より歴史の深い伝統校にしようという声が何処からともなく私には聞こえてくる。

「何で王子が統合に……」と思い寂しいし、王子工業高校とて決として浅いわけではないとも思う。
が、蔵前とか小石川、北豊島といったより老舗がそばにあり譲るのも致し方なしとおもう。

 そこで校名を顧ると殆どが地域の名を取っている。だから新しい校名も地域の名、しかも同じ場所に
設立するのであれば、縁をしても王子総合学科高校とするのが地域の人々にとっても受け入れやすく
順当ではないかと思う。

現在、準備室で挙げられているのが滝野川、北、北路とのことだが北地区(北区周辺)にあることを校名に表したいのなら、滝野川の方が寄り狭い範囲ではあるが「あぁ、あの辺り……」と判りやすく親しみやすい。狭すぎと思われる向きには王子の方がより広い範囲を都民は思い浮かべるのではないかと思う。

かつて王子区といった行政区があった所以でもある。

勿論卒業生にとっては王子を長く残して欲しいのは言うまでもない。


◆昭和40年・機械科 A組
◆石原 隆

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2010年03月11日

王子総合学科高等学校

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┗■王子総合学科高等学校



新校名について以下の通り意見を述べます。

1,王子総合学科高校


2,王子と言う地名は古く江戸時代から多くの人に親しまれており、時代劇などでもしばしば登場する、東京における伝統的な名称です。

北はただ単に方角を示しているに過ぎず、固有の名称ではありません。

滝野川や飛鳥山はすべて王子に含まれるもので、王子は旧東京市の王子区です。

王子工業学校の発足時にも東京の城北地区においてはもっとも有名で代表的な地名である王子を採用したものです。

東京都の学校としては王子と言う名称だけで、城北にあることを示します。

都立高校には設置する地名を持って校名とするものが多く、都民も校名についてそのような意識でおります。

また、地域住民の方々にも充分親しまれるものと思います。


3,昭和41年卒G組 

4,渡邊國人(王友会副会長)


以上ですが、是非王子の名称を残すよう運動をしてください。

おそらく、OBの総意ではないかと思います。



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posted by 王工の思い出 at 11:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

【急募】北地区総合学科高等学校(仮称)の学校名・募集

【急募】
北地区総合学科高等学校(仮称)の学校名・募集

王友会 関係者各位

本日・北地区総合学科高等学校(仮称)の
開校準備室の校長先生より連絡をいただきました。


同窓会の皆さんの想いを込めた学校名を……
3月末日までに準備室に書面により提出していただきたいとのことでした。


◆学校名
◆命名の背景となる記述
◆卒年・クラス
◆氏名


以上のことをメール又はファックスでご連絡下さい。


王友会の〆切りは3月29日(月)とします。

 

但し……
・可能な限りカタカナ、ひらがなを使用しない
・常用漢字であること
・近隣の学校と類似しないこと

以上にご配慮下さい。


ちなみに……
準備室で挙げられているのが……


◇滝野川総合学科高等学校
◇北総合学科高等学校
◇北辰総合学科高等学校
◇北路(きたみち)総合学科高等学校  ……など


引き続き……多くの資料を蒐集しながら候補名を検討されているとのこと……。



東京都教育委員会・学校名検討委員会……都議会の審議を経て

22年秋頃に正式に発表されの運びとなるようです。

 


【王友会】……細野孟士(t-hosono@holonics.gr.jp
=======================================
■連絡先
 文京区本郷1−35−12 かんだビル7階 (株)ホロニックス総研内
 TEL.03-5684-0021  FAX.03-5684-0031  〒113-0033
 ◇ホームページ:ohyukai@holonics.gr.jp
 ◇ブログ:http://oukou-2009.seesaa.net/
===================================
■緊急連絡用(会長・細野孟士・直通)
 Docomo 090-3203-0047
 dzc05310-take5@docomo.ne.jp 
===================================

 
posted by 王工の思い出 at 11:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

王工・38年卒業・D組 2010年クラス会


昨日は…2010年「3Dクラス会」にご参加いただきありがとうございました。

酔い倒れする人もなく無事にご帰還されましたでしょうか??


金古先生…
84歳でまだまだお元気なご様子で…本当に何よりのこととお喜び申し上げます。
勝手気ままに話す生徒達の会話に静かに耳を傾けておられましたが…
いかがでしたか?


佐野栄俊君、お財布は無事にお手元に戻りましたか?

松下寿男君、古い渡辺君との離日のときの逸話など聞かせていただきありがとう
ございました。


岡本勝雄君、相変わらずの飄飄としたお話しの仕方は…学校時代を思い出させて
くれました。


村木和夫君、ちょっと太り気味のようですが白髪頭で貫禄があっていいですね。


小川勇君、「3Dゴルフクラブ」での幹事、お疲れ様でした。


木村義成君、身体のことを心配しておりましたが今も現役で頑張っていらっしゃ
るとのことで驚きました。ムリしないで頑張って下さい。


大淵敏雄君、皆さんと楽しく会話ができましたか。これに懲りずに…これからの
クラス会にも参加して下さいね。


上野和夫君…本当に久しぶりでした。少し太ったようですがお元気そうなお顔だ
ったので安心しました。


柳誠一君、たくさんのクスリを呑んでいるようですが、余り無理しないで生活し
て下さいね。今日からはお酒をグンと控えめにして下さいね。


渡辺福雄君、久しぶりにお会いした君は若返ったかのようでしたね…。帰朝期間
はかなりハードなスケジュールのようですが、存分に日本の空気を持ち帰って下
さいね。


鈴木洋三君、いつも細かい会計をお願いしてすみませんでした。金古先生がいつ
までもお元気でいらっしゃるように、近隣のよしみでよろしくお願いいたします。



クラス会に出席できなかった皆さん…、次回は是非とも元気な顔を見せて下さい
ね。



それと…

一足先に黄泉の世界に行ってしまった

級友やそのご家族のことも忘れないようにしながら、

今ある人生を有意義に社会のために活躍していきましょう。



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posted by 王工の思い出 at 21:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

2010年1月7日の王工

◆2010年1月7日の王工

何となく気になって…
王工に立ち寄ってみた。

RIMG1001-2.jpg

門が開いている。
なぜ???

数台の自転車が置いてあった。

でも……人の気配がない。


RIMG1002-2.jpg


校庭に人の気配を見つけた。

校庭開放なのか……

吹き溜まりに落ち葉が堆積しているのは……
管理されていないままの母校の現実でした。




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posted by 王工の思い出 at 10:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「母校」と周辺の近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月29日

昭和39年卒業(高16回)機械科B組のクラス会

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┗■昭和39年卒業(高16回)機械科B組のクラス会




清水靖夫様.jpg

昭和39年卒業(高16回)機械科B組の清水靖夫といいます
ひょんな事から、閉校式・刻む会に主席しました
 
その後、呼びかけ役をして、5月に45年振りにクラス会を開催したときの写真添付します
43人居たはずですが、住所確認できたのは22人、当日は17人出席でした
 
45年振りに会ったものも居ましたが、すぐに当時の会話になり、楽しいひと時を過ごせました
 
11月には2回目を開催しましたが、今一の出席でした



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posted by 王工の思い出 at 17:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月02日

38年卒業・3年D組のクラス会情報です…

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┗■38年卒業・3年D組のクラス会情報です…

クラス会の詳細が決まりました……

3年D組クラス会案内-3_ページ_1.jpg

 皆さんこんにちは!

 83歳なられた金古先生は(昭和元年6月21日生)、今年も何度かお会いしましたが、「渡辺君が帰ってきたときにはみんなで集まろうよ!」と、クラスの仲間が集うことをいつも楽しみにしていらっしゃるようでした。 そんに訳で…来春早々に渡辺福雄君がカナダから戻ってくることになったとのことですので、お元気な先生と、久々に会う渡辺君を囲んで歓談をしたいと思います。御徒町駅前の便利なお店を予約しましたので、遠い方も是非ともご万障お繰り合わせの上ご参加されますようお待ちしています。渡辺君は、当日予定している3Dゴルフ会のメンバーと合流参加することになります。


=ご案内=
■日時  平成22年1月8日(金曜日)
           午後6時より8時00分
■会費   8000円
■会場     池田屋 吉池総本店   03-3836-0445
           http://www.gnavi.co.jp/yoshiike/
       東京都台東区上野3-27-12 ファミリーデパート吉池5F
■交通  JR 御徒町駅前





3年D組クラス会案内-3_ページ_2.jpg






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posted by 王工の思い出 at 18:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

『記念誌のスキャナー』をお手伝い下さるボランティアを募集しています

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┗■『記念誌のスキャナー』を
         お手伝い下さるボランティアを募集しています


王友会『バーチャル同窓会』(王工の思い出を刻み続ける会)

お陰さまで……王友会ホームページも少しずつ形ができてきました。

現在事務局にご協力いただいているのは
やや若手(??)の卒業生……左から……

◇千田  裕氏(47回卒)……(企画及びmixiからの呼び込み担当)
◇佐野豊治氏(45回卒)……(企画及び若手卒業生の掘り起こし担当)
◇柿崎博樹氏(47回卒)……(企画・制作・デザイン担当)

です。

RIMG0027.JPG

事務局では、新設学校内に
母体校(都立王子工業高等学校)の資料室ができる予定になっていますので
古い資料をデジタルデーター化することを進めたいと思っています。

◆記念誌
◆卒業アルバム
◆文集
◆その他の記録資料

などを……PDFデータとして保存し……
可能な限り……ホームページにアップしたいと考えております。

仕事の合間を見ながら…「PDFデータ」にするためのスキャナーをしていますが
なかなか進捗していません。


貴重なお時間をご提供いただける方……

スキャナーを「協力できるよ!」

と、ボランティアで手を挙げていただける方がいらっしゃいましたら

是非ともご協力下さい。

細野孟士(t-hosono@holonics.gr.jp




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posted by 王工の思い出 at 02:25| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 【管理者の日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

【王工の三十年】三十周年記念誌より−01

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┗■【王工の三十年】三十周年記念誌より
創立30周年は昭和46年のことでした。


編集委員には
相倉 博 先生
宇野信四郎先生
榎本泰夫先生
小野宏文先生
熊抱大彦先生
中沢平三先生
大島国保先生
和田員代先生
の記録がありました。


第1回は…巻頭のグラビア〜挨拶文を掲載いたします。



以降は……目次に添って順番に掲載いたします。



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posted by 王工の思い出 at 01:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆『周年記念誌』縦覧コーナー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

昭和38年(1963)第15回卒…【3Dクラス会】のお知らせ


昭和38年(1963)第15回卒…
【3Dクラス会】のお知らせ
(担任:金古重先生)


3年D組の皆さん!  こんにちは……!

お元気にお過ごしですか?

ことしの年末から年始にかけて
カナダに移住中の渡辺福雄君が帰朝することになっています。

現在……メーリングリストのメンバー(17名)との交信では
帰朝中もかなりスケジュールが詰まっているようで
お忙しいようですが、
クラスのゴルフ好きのメンバーと1月8日(金曜日)には
千葉方面のコースでプレーをするよていだとのことです。


そこで……
下記の日程で……【3Dクラス会】」を下記の日程で開催することにいたしました。

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◆日時:平成22年1月8日(金曜日) 午後6時より〜

◆会場:未定

◆会費:未定

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詳細は追ってご連絡いたしますので、早めに予定を入れておいて下さい。

※お問い合せは……幹事:細野孟士へ(t-hosono@holonics.gr.jp


▼卒業当時の写真
3D-001.jpg


▼卒業当時の先生
3D-002.jpg


▼卒業当時の校舎と野田校長、瓦井教頭
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posted by 王工の思い出 at 17:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●「クラス会」の情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

■昭和35年(1960年)度卒業。E組、担任 堀場先生。

■┓……たずね人コーナー……
┗■昭和35年度卒業(E組、担任 堀場先生)の皆さんへ



1.昭和35年度卒業。E組、担任 堀場先生。

  今までに連絡の取れていない級友の皆様。

  来春で卒業50周年を迎えますので、クラス会を計画しております。

  ご連絡先をお知らせ頂きたく。



2.探している人…………南 勇(昭和35年度卒業。E組)

  下記のメールアドレスか……王友会事務局へご連絡ください。

    南 勇(imnm310@ybb.ne.jp) 




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posted by 王工の思い出 at 09:42| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆◆たずね人コーナー◆◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

【王工の思い出を刻む会】の懇親会パーティー

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┗■【王工の思い出を刻む会】の懇親会パーティー


公式行事の
卒業式典、閉校式典、校歌記念碑の除幕式が執り行われたあと……

王子駅前の北トピアで……

「王工の思い出を刻む会」が開催されました。

王友会会副会長(元音楽部部長)の渡邊國人氏の指揮により

来賓の恩師に贈る……歌 「最後に仰げば尊し」 の大合唱。




そして……
声高らかに……都立王子工業高等学校・校歌を
涙を浮かべながら……力の限りに……参加者全員で大合唱。


再開を誓い合いながら……閉会を惜しみつつ……散会となりました。



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posted by 王工の思い出 at 14:58| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

王工の校歌碑の除幕式の光景

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┗■王工の校歌碑の除幕式の光景




都立王子工業高等学校の校歌碑と校訓碑は
新設校の敷地内に引き続き建立されることとなった。






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posted by 王工の思い出 at 00:14| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

都立王子工業高等学校の閉校式典は……

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┗■都立王子工業高等学校の閉校式典は……


厳かに……粛々と……執り行われました。








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posted by 王工の思い出 at 23:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

創立67年目の最後の卒業生たち……

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┗■創立67年目の最後の卒業生たち……






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posted by 王工の思い出 at 01:48| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

都立王子工業高等学校の最期の卒業式、そして…閉校式典

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┗■都立王子工業高等学校の最期の卒業式、そして…閉校式典











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posted by 王工の思い出 at 01:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

実行委員会のみなさま……ありがとうございました

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┗■実行委員会のみなさま……ありがとうございました


1年間の歳月をかけて……たくさんの方々にご協力いただきながら閉校式典の準備が進められました。
ご協力いただいて皆さん!
ありがとうございました。








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posted by 王工の思い出 at 18:13| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

王工の閉校式典に向けて王友会準備委員として志願してくださった卒業生

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┗■王工の閉校式典に向けて王友会準備委員として志願してくださった卒業生


都立王子工業高等学校の閉校式典の話題を聞きつけて……集まってくださった卒業生の皆さん。
名簿の整備、封入書類の準備や日程調整など
一つ一つ解決しながらどんどん盛り上がってきました。






▼王友会の準備委員の皆さん

P1010050[1].JPG

卒業生には……約6000通の封書を3回に分けて発送いたしました。

延べ動員人数は約50人。
本当にありがとうございました。

これからもよろしくお願いいたします。



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posted by 王工の思い出 at 18:59| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

浅間山の噴火/金古 重

asama.jpg

この写真は……電気通信科(後に電子化)の金古重先生からご提供戴いたものですが
浅間山に修学旅行か遠足に行ったときの写真だと行っておられました。


あまりのすごさに……何枚もコピーして配布した1枚だと言うことです。


浅間山の噴火の歴史年表と、
金古先生の若さから類推すると
昭和に29年〜33年頃の噴火ではないかと思います。



【王友会ホームページ】はこちらからご覧いただけます。


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posted by 王工の思い出 at 16:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆教諭・卒業生からの投稿記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月07日

犬木宣裕君(S38年・電気通信科D組卒)

◆犬木宣裕君(S38年・電気通信科D組卒)

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◆犬木宣裕君
◆昭和38年卒
◆電気通信科 D組
◆担任:金古重先生
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クラス会名簿を整備しています。

ご本人、または……
どなたか連絡が取れる方がいらっしゃいましたら
こ゜一報ください。


◆探している人
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◆細野孟士
◆昭和38年卒
◆電気通信科 D組
◆担任:金古重先生
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【王友会ホームページ】はこちらからご覧いただけます。
















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2009年09月01日

旧校舎前でバレーボールに興じる……/金古重先生

◆アルバムには……May 27 1954……と記述があります」

gakkou.jpg

王工が王子工業学校として創立(1941年)してから……まだ13年目。

荒川小学校を経て……滝野川に移転してから数年後のことです。

木造の校舎が懐かしい卒業生も多いことでしょう。



【王友会ホームページ】はこちらからご覧いただけます。

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posted by 王工の思い出 at 16:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆教諭・卒業生からの投稿記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

新校舎のアウトラインが見えてきました

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┗■新校舎のアウトラインが見えてきました

地元・滝野川地区の関係者に説明会があり
副会長・渡邊國人氏と参加してきました。


新校舎−00.jpg
▲現在の校舎


新校舎−01.jpg
▲新しい校舎の図

校庭に繋がる下り坂には
ヒマラヤスギが残るのが図面からも分かります。



新校舎−02.jpg
▲建築スケジュール

来年の2学期頃から解体→建築(基礎)が始まり

24年に校舎が完成する予定です。

23年には学校が創立しますので
生徒は校庭に建てられるプレハブ校舎で勉強することになります。




【王友会ホームページ】はこちらからご覧いただけます。




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posted by 王工の思い出 at 17:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「北地区総合学科高校」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

創立60周年の懇親会風景

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┗■創立60周年の懇親会風景

2001年12月1日/「北とぴあ」にて


卒業生の柄本明氏の出席に……

懇親会場も一段と華やかに……

楽しい思い出話に花を咲かせていました。





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posted by 王工の思い出 at 13:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

王工の「創立60周年式典」

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┗■王工の「創立60周年式典」




都立王子工業高等学校の創立60周年は
平成13年/2001年12月1日に母校・体育館にて開催されました。



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posted by 王工の思い出 at 13:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇「王工の思い出を刻む会」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月31日

齋藤照正氏(昭和39年卒・高16回卒)電子科 D組/★テリーさいとうHP  


◆齋藤照正氏(昭和39年卒・高16回卒)電子科 D組/★テリーさいとうHP 


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★テリーさいとうHP   
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王工の妹分か……弟分か??

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┗■王工の妹分か……弟分か??


王工の閉校式典から早くも6ヶ月。

飛鳥高等学校内に設置されている「北地区総合学科高等学校(仮称)」の準備室。

パンフレットが準備されています。


sougou-001.jpg

  
 






















 sougou-002.jpg


練馬工業高等学校から赴任された
今澤秀夫校長が中心となって
開校のための準備が進められているようです。




sougou-005.jpg


















▲飛鳥高校 1階に間仕切りされた準備室
  
sougou-006.jpg
▲準備室内の様子


sougou-007.jpg



















   
sougou-008.jpg
























現在、基本設計が行われ
その後、実施設計を経て
都立王子工業高等学校の建物は
平成22年秋頃から解体が始まります。

当然ですが新しい学校は男女共学の技術学科+普通学科で

新設学校は平成23年4月より仮校舎でスタートするようです。

そして……
平成24年秋に新校舎が完成し

平成26年3月に……第一回の卒業生が誕生することになります。




【王友会ホームページ】はこちらからご覧いただけます。


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2009年07月30日

検索すると1ページ目に表示されます。

■┓
┗■検索すると……
     1ページ目に表示されます。


ホームページを見たいけど…URLは???

Webドメインを忘れてしまった方に朗報です。

YAHOO
Google
Nifty
goo
などの検索サイトから“王工の思い出”と書いて
検索キーを押してください。


な、なんと…
トップページに王工が出てきます。


ご意見、ご投稿をお待ちしております。




【王友会ホームページ】はこちらからご覧いただけます。




・:*:・゜☆,。・:*:・゜・:*:・゜☆,。・:*:・゜・:*:・゜☆,。・:*:・
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2009年07月29日

王友会事務局……『王工の思い出を刻み続ける会』

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┗■王友会事務局……
『王工の思い出を刻み続ける会』


2009年3月7日の「閉校式典」が終わって
そろそろ6ヶ月になろうとしています。

すべての卒業生に連絡ができなかったことが
王友会事務局として
なによりも心残りのこととなっています。

そんな意味を込めて……
王工の灯を消してはならないという想いをこめて
粛々と
『王工の思い出を刻み続ける会』
のブログを立ち上げております。

事務局では新たな連絡用の封筒を作成いたしました。

クラス会の呼びかけの際に
クラブ活動の呼びかけの際に
新しいロゴをご利用ください。

王友会−長3ヨコ封筒.jpg














~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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2009年07月26日

消息を知りたい…。会ってみたい…。

■特報・たずね人■

あの友人は……???。

あの先生は…???。

    消息を知りたい……。
        会ってみたい……。




お世話になったあの先生はお元気なのだろうか……

中学時代から一緒だった○○君は……
転勤で、引っ越してしまったらしい……。

今でも、元気なのだろうか……??

3年間の高校生活を共にした……


幼なじみの〜あの友、この友、あぁ〜、だれか故郷を思わざる〜


というわけで

◆◆たずね人◆◆のコーナーを新設しました。

「ホームページ」または
ブログ「バーチャル同窓会」での情報公開としますので
懐かしい先生や友人の近況を知りたい方は
ご連絡をお待ちしています。


~~~~~~
■ルール
~~~~~~

@1件につき1名とします
A公開内容の記載形態

◇●●年卒業/●●組/担任●●先生
◇氏名:●●●●君(さん)◇その他の情報
◇呼びかけの言葉


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
B投稿者の連絡先

◇氏名:●●●●君(さん)
◇●●年卒業/●●組/担任●●先生
◇メールアドレス
◇住所:(本人確認及び名簿修正のため)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

■本校の卒業生であることを名簿により確認の後掲載します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

注:投稿及びご本人からの返事などは『ブログ公開』はいたしません。
一旦、事務局にご連絡をいただいいてから相互のご本人にご連絡いたします。




【王友会】=王工の思い出を刻み続ける会=事務局=
==============================
◇連絡先
〒113-0033 文京区本郷1-35-12
かんだビル7階 (株)ホロニックス総研内
TEL.03-5684-0021  FAX.03-5684-0031  
 
ohyukai@holonics.gr.jp
==============================
■緊急連絡用(会長・細野孟士・直通)
 Docomo 090-3203-0047
 
dzc05310-take5@docomo.ne.jp 
==============================







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2009年07月25日

「王球会」は永遠に不滅です???

●この世にビールがある限り……??
   「王球会」は永遠に不滅です???





平成21年7月25日(土)に
『閉校記念誌「王球」投稿者、編集者の集い』
がありました。


私は王子工業高等学校野球部の初代マネージャー(^^ゞ

当然?必然?記念誌作成の作文の投稿をお願いされてました。

仕事と育児が忙しかったため(言い訳ですが…)(^^;
『キャプテンが書いてくれるだろう…』と思いサボりました。スイマセンm(_ _)m

数ヵ月後、王球会前川会長様々から葉書で『投稿再度のお願い』が届きました( ̄□ ̄;)!!


『ゲッ!誰も書いてくれないの?』と・・・(私もなんですが)

仕事から帰ってきて、夕食も作らず速攻で書きました。
作文なんて高校以来…
確か、30分ぐらいで書き上げました。
思いのまま書いたので、ひどい作文でした(-.-;)

前川会長に送るときに『編集して下さい』とお願いしたのですが、そのまま記念誌になってました(/_;)

そして、『閉校記念誌「王球」投稿者、編集者の集い』の葉書が届きました。
バツ1の子持ちなので行くとしたら実家に子供を預けなきゃいけなので、参加するのを躊躇いましたが
『これが最後になっちゃうかもしれないな…』と思い参加しました。



場所は御徒町の吉池『池田屋』と言うお店でした。
16:00〜だったのですが、電車が遅れた為10分ほど遅刻してしまいました。

着いてすぐ、前川会長から名札を渡され、指名された席へ。

1番先輩の隣に座りました。
昭和33年卒業と名札に書いてありました。
『私まだ産まれてないよ…』(^_^;)

ほとんどの方が、私のお父さんと同じくらいの年齢だったのではないでしょうか?


RIMG0203.JPG

 
テーブル2つに分かれて、座りました。

テーブルに乗り切らないほどの料理が出ました。美味しかった(*≧∇≦*)
ほとんどの方がビールだったので、ピッチャーが各テーブルに3個ほどあります。
ピンクのボーダーシャツを着ている岩見先輩はとっても怖い人でした。
でも以前飲んだとき、岩見先輩が酔って『オレは君とメオトになるからなぁ〜』と
突然愛のプロポーズをされました♪

この日、その話をしたら『まったく覚えていない』と…(>_<。)



RIMG0205.JPG

















だいぶ皆さん顔が赤らいでますね♪
楽しい話と美味しいお酒と旨いおつまみで盛り上がってました。
黒の生ビールは珍しいみたいですよ〜
私には苦かったので、普通のビールをゴクゴク飲んでました☆

 
RIMG0207.JPG


















写真手前の5名はゴルフの話で盛り上がってましたね〜
野球からゴルフに変わってしまったのかしら?
まだ野球やってる方も居れば、教える側にいる方もいらっしゃるそうです。
私は奥で前川会長と楽しそうに話をしてました(^o^)/U☆U\(^o^)




RIMG0211.JPG

















最後に集合写真を撮りました。これは店員さんに撮ってもらったのかな?
1番前でニコニコして写ってます。ピースなんかしちゃって(∋_∈)
皆さん真面目な顔して写ってるのに、私ったら空気読んでない(-o-;)



全員同じ高校で、同じ野球部。でも、一人違ったみたいですが(笑)
年齢の幅は大きくても、ちゃんと繋がっているんですね。

毎年、夏の大会前には必ず葉書が届きました。
仕事の都合で行けない年が幾度となくあり、申し訳なく思ったこともありました。

繋がりを切れないようにして下さった前川会長には、とても感謝してます。


2次会で『オレの仕事はもう終わったから!』と万歳した前川会長をみて
『本当に長い間お疲れ様でした』と思いました。
あれだけのやんちゃくれ坊主達をまとめてくれていたんですから
相当大変な事だったと思います。

ありがとうございましたm(_ _)m



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レポート/松浦ふみ江




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2009年07月20日

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2009年07月02日

【王友会だより】第03号

【王友会だより】第03号
=平成16年10月15日=
王友会だより・第3号.pdf



都立高校改革で・・・王工がなくなる?
平成23年から王工が「総合学科高校」に変わる!

 東京都では平成9年度より都立高校の改革に着手し、新しい高等学校のあり方について検討をしてきた。入試制度から学習目的に応じたカリキュラムまで、さまざまな高等学校のモデルを作成し、平成23年度までにすべての都立高をこのモデルのいずれかに改変するというものである。

総合高校.jpg



 








 どのようなものになるのか、全日制だけで見てもかなり多種多様となっている。大まかに分けて、従来と同じような1年、2年、3年といった学年制として、普通科の中に進学重点校、IT活用教育推進校、エンカレッジスクールの3種類と語学や理数などを選択するコース制がある。
 同じく学年制としての専門学科高校として、今までの商業、工業、農業、産業、及び水産、家庭、芸術等の併合校がある。一方、学年制に対して1年生、2年生といった学年にこだわらない単位制高校として普通科、専門学科、総合学科の3種類を上げている。このほか中高一貫校も都内に11校計画されており、平成17年度から一部で実施される。
 以上のような改革は、戦後の学制改革から半世紀を経て現在の高校のあり方が時代の要求からかけ離れて来ており当然の事と言えよう。もちろん少子化に伴い学校数は全日制203校が180校に、定時制が101校から、55校に減少することになっている。すでに総合学科高校の新設により廃校となった高校もある。

 さて、ここからが我が母校のことになる。現在の予定では、母校は、平成23年度より総合学科高校として新たに開校の予定である。これにより、少なくとも都立王子工業高等学校はその名称を消滅させることになる。あらたに総合学科1校を現・王子工業の場所に設置するというものである。過去の学制改革のときのように、旧制の学校の伝統が新しい学校に引き継がれたように少なくても、何かが残されるのか。あるいは、まるで捨て去られてしまうのか。同窓会としては、その存続をかけた問題である。

 王友会としては、新しい学校は『王子総合高校』の名称で王子工業高校が存続している形態にしたいと切望する。

 半世紀を越える歴史と、1万人を越える卒業生、さらには地元にも親しまれてきた母校を簡単に消し去ってよいはずはないのである。王友会では、全卒業生、在校生、そして関係者一同に対し母校存続の運動を呼びかけるものである。

 「王子工業」「王子総合高校」・・・・「オウコウ」と語呂はあっている。そのまま校歌も流用できるかもしれないし何かと便利であろう。

 

母校の歴史と呼称の変遷

昭和26年卒業生 柳沢継男

  私が東京都立王子工業高等学校を卒業したのは、昭和二六年三月である。たしか、高校の第三回卒業と記憶している。朝鮮戦争の最中であった。
 だが、入学したのは昭和二〇年四月、第二次世界大戦の、日本が連合軍に一方的に痛めつけられている最中である。この年に隈って入学試験を受ける生徒(国民学校六年生)は、前年より学童集団疎開のため東京に居ず、試験を受けることが出来なかった。
 したがって国民学校からの内申書だけで入学の可否が決定された。つまり入学試験を受けていないのである。東京の下町に最初の大空襲のあった三月一〇日、合格発表を見に行った。
 学友と下十条駅(現・東十条駅)まで電車に乗り、駅の上に見える学校に行った。
ところが荒川国民学校とある。だが『王子工業学校』と表札があったので安心して校庭に行った。入学した時は、『東京都立王子工業学校』、四年制の中学である。
 四月に入学した頃から日本本土への空襲が激しくなり、授業の二時間目あたりに「警戒警報」、まもなく「空襲警報」のサイレンが鳴る。即時下校の命令でわが家に戻るという状態であった。
 それでも空襲のなかった日は、授業が行われたが、当時の記憶にあるのは、一花先生の機械実習で、機械らしいものはほとんどなく、終始ヤスリ掛けの授業であった。
 一学期が終わり、夏休みの最中に敗戦となり、二学期からは戦時色を払拭するため、教科書の塗りつぶし等があり、新教科書(製本されてなかった)への切り換えなどで、何を学習してきたのか、全く記憶にない。記憶しているのは、以前から変わらぬ機械実習と製図ぐらいである。
 二年生のとき現在地にあった、旧東京造兵廠技能者養成所の校舎に移転した。木造の校舎が三棟あった。大きな機械実習工場があったが、機械は一つもなくがらんとしていた。
三年生になるとき学校そのものが変わり、『東京都立王子工業高等学校併設中学校』という名称になり、授業も機械実習・設計や製図がなくなり、音楽・図画などを代わりに受けるようになった。四年制の中学のはずが三年になり、翌年、ほぼ白動的に高等学校(『都立王子工業高等学校』)に入学するという緒果になった。したがって、ここでも入学試験は受けなかった。
 母校の永い歴史のなかに、この様な時期があったということを、思い出をたどりながら記してみた。



 
頑張れエコランカー
=機械工作部=

『エンジンがかからない!!』 3年生は就職活動をしながら休みも無く車輌製作をしていく中、大会まであと4日という状況でエンジンの音を聞くことが出来なかった。この先いったいどうなるだろう・・・。(機械工作部日誌 9月28日 より)

エコラン・ゼッケン.jpg


 
 機械加工作部では、栃木県にある「ツインリンクもてぎ」というレース場で行われている、本田宗一郎杯ホンダエコノパワー燃費競技全国大会(通称エコラン)に今年で6年目の出場になります。
 エコランとは50ccのバイクのエンジンを使用して、1gのガソリンで何q走れるか?を競うレースで、王子工業高校からは手作りの車で出場する『高校生クラス』と、市販車を改造なしで出場する『市販車クラス』の2台でエントリーしました。
 大会は10月2日(土)と3日(日)の2日間行われます。車輌などを運搬するために10月1日には業者のトラックに積み込みます。エンジンも昨年度のものを調整中に焼き付けてしまうというトラブルから、パーツ等の交換をし何とかトラックに積み込む前日にエンジンの音を聞くことが出来ました。

  10月2日(土)朝4:30起床し、5:30からレース場入りして戦いが始まります。サーキット入りしてすぐに、トラックから荷物を下ろし、ピットを組み立てなどと慌ただしい空気の中でみんなピリピリした緊張感の中、車輌整備に入ります。生徒も大会経験者が多くそれぞれが自分で仕事を探し、とにかく車を走らせる事に力を合わせて作業をしていました。

すわ!一大事。…トラブル発生!

 学校と栃木のサーキットでは気圧と気温の状態が違い、エンジンがかかるまで微妙な調整が必要となります。ピットエリア中エンジンの唸りが聞こえ、どこのチームも忙しく活気が感じられました。エンジンも無事かかり競技車輌の調整が一通り終わると車検が待っています。当然車検は問題なく通過すると思っており、部員も教員も一段落といった気持ちでいました・・・。
「トラブル発生!!」 「先生!大変なことに・・・」車検へ一緒に行ったドライバーが今までにない表情で・・・ピットで待機していた部員と教員に緊張が走りました。
なんと、そのトラブルはハンドル部分のアルミ溶接部の強度が弱く破断してしまい、ハンドル操作が出来ない状態になってしまいました。「学校へ戻って、このパーツの溶接をするか・・・」「なにか現地で出来る加工がないか」「他の都立の高校へ行って部品をもらってくるか・・・」このままの状態では出場することが出来ず、リタイヤになってしまう・・・。部員も教員も同じ事を思っていました。   
大会に応援で来て頂いていた、昨年度まで王子工業にいた先生方の協力と、部員も知恵を出し合い、なんとか予備パーツで持っていた、たったひとつのU型ボルトでハンドル部の修理を時間内で終え、無事に公式練習で走行することができました。
大会2日目(決勝日)、朝起きて外を見ると、激しい雨が降っており全員が去年の悪夢を思い出しました。去年は、決勝戦で激しい雨が降り全員がびしょ濡れのなかリタイヤをしてしまう結果でした。
レース場に着いても、激しい雨は降り続き気温も20℃を下回り吐息も白くなるほど寒い中での調整、準備となりました。
『高校生クラス』の決勝は9:00 172台の車が1台1台順次スタートをきっていきます。 
 サーキットを規定時間内に7周する(39分20秒11)のが条件です。
 172台中50位に!

 王子工業高校も何とか激しい雨という悪条件で前が見えない他の車輌から2回も接触されながらも、完走を果たし172台中50位『301.172km/g』という記録でした。この記録は、王子工業出場回数6回の中で最高の記録です。 12:15からスタートした『市販車クラス』も47台中21位、記録は『103.9km/g』でした。
2台とも決勝で、リタイヤするチームが多いなか、何とか決勝で完走を果たすことができました。
 みんなで夏休みもほとんどなく頑張って製作してきた車とバイクがなんとか完走し結果を残すことが出来て、感動と同時に今までやって来た自分に自信を持つことが出来ました。

 入部歓迎! OBの支援を待ってます!

 心強い部員の大半が3年生で来年度が不安でもありますが、新入部員に期待し、続けていければと思っています。また、今大会でも痛感したことですが、まだまだ溶接やエンジン改良・整備、電気系統などの技術的な部分や、部品や資材など力が及ばないものも多々あります。
 是非、王友会の諸先輩方から、これらに関する知識や技術的なアドバイス、そしてパーツの寄贈などを頂ければ、これからの活動にもより一層いいものができあがると思っております。
 今大会でも王友会から激励をいただきました。今後もご指導ご鞭撻をよろしくお願いすると同時に、この場を借りて御礼申し上げます。(機械工作部・一同)
 
機械工作部 部員・顧問一同

 






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2009年07月01日

記念誌『王球』 2009年3月7日 閉校記念号

■┓
┗■記念誌『王球』 
2009年3月7日 閉校記念号




王球会記念誌-表紙.pdf


王球会記念誌-表紙-03.JPG

























■お問い合せ……詳細確認は……

東京都立王子工業高等学校・野球部OB会(略 王球会)

前川信朝まで……。







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【王友会だより】第02号


【王友会だより】第02号
=平成16年7月20日発行=
王友会だより・第2号.pdf

 


チャンス到来!
未知との遭遇!
インターンシップに臨む


 すっかり梅雨が明け、本格的な夏がやってきた。ギラギラと太陽が照りつける江戸川球場では、遠くから駆けつけてきた卒業生の応援もむなしく王工・野球部は10対0のコールド負けとなってしまった。戦いに敗れたとは云え、精一杯戦った王工ナインにとっては高校生活の想い出の一ページとなったことだろう。

 夏休みと云えば3年生にとっては卒業後の進路を固める時だ。最近はインターンシップという就労体験制度があって、例え数日間であっても具体的にその企業の中で働く体験ができるのだから願ってもないチャンスだ。

 学校の授業を通して想像していた企業、テレビや新聞などのメディア情報から想像していた企業、家族や友人・先輩から聞いて想像していた企業、それらのどれをとってみても実体験して企業を知ることにはかなわないのです。

 具体的に社会人となって働くとき、受け容れ側の企業規模の大小や業種に関係なく、企業が新入社員を受け入れるということは、企業が常に活性化しているために欠かすことのできないことなのです。組織の動きが膠着しないように新入社員を採用し、新しい風を吹き込むことが大切だからと考えるからです。新しい人財には、新しい風、新しい智慧、新しいパワーが求められるわけですから、その仕事に対して好奇心と情熱をもって楽しく臨む人が求められるのです。

 ですから、企業は採用を間違えると大きなリスクを抱え込むということになるので新しい人財の採用には慎重です。面接する際の大きな評価ポイントは・・・・

@きちんとした返事と挨拶が出来る人
A人の話をきちんと聴いている人
B胸を張り顔を上げ相手を見られる人
Cその会社の仕事に興味を持っている人
D自分の考えや将来の夢を語れる人
E約束したことをきちんと守れる人
F自分の健康管理を大切にしていること

 多くの企業は新入社員を採用して数年間は、その社員に対して投資をしている状況です。本人は一人前に仕事をしているつもりでいても、企業人としての常識、仕事の内容、会社組織のこと、競合する業界のこと、経営意識のこと等、知っていなければならないことが山のようにあるので、様々な方法と時間をかけて教育してくれます。
 インターンシップは「未知の世界」への第一歩です。初めて体験することがほとんどです。ビックリ、ドキドキの連続かも知れません。そんな時、大切なことはなんでしょう。積極的に知ろうとする前向きの姿勢です。自分が知る限りの知識をフル回転させて観るとドンドン理解できるようになります。

 これから就職面接を受ける時にも、身体に身に付いた体験を思い起こし、パニックにならないように心がけてください。「無知との遭遇」なんていうことにならないよう落ち着いて臨みましょう。


人類の歴史は道具作りから始まった!


 人類と道具の歴史は、人がまだ猿人としてこの地球上に誕生していた紀元前約200万年前〜約10万年前の旧石器時代から、縄文時代、産業革命を経て今日のIT産業時代に至っているのです。

 人が他の哺乳動物と違う一番大きな点は、手を使って道具を作る知恵を持ったことです。そして、その道具を使って、狩りをすること、器を作ること、住居を造ること、道具を使って更に新しい道具を作ること・・・・を繰り返し、脈々と人類としての文化を創造してきたのです。便利で快適な生活環境を求めてきました。それが良かったのか悪かったのかの判断は難しいものがあります。でも、私たちは当たり前のようにその便利さと快適さを享受している現実を否定することはできなくなっています。

 蒸気機関車が発明されてから僅か240年しか経っていない。電話の元祖・モールス通信が発明されて170年。白熱電球が125年前に発明されそれがエレクトロニクス時代の幕開けとなり、宇宙科学、IT産業へと著しい変化を遂げてきました。すべてが、人の手と道具によって作り上げられてきたのですから驚くばかりです。

 王子工業高校は、それらの道具の正しい使い方と、物作りの大切さを学ぶ学校です。日々の生活の中で身の回りにある物が、どんな人によって、どのようにして作られたのかを知ろうとする探求心は、物作りを学ぶ人にとっては欠かすことができないものではないでしょうか。



社会とはなんだろう。

平成10年卒業(第50回)・MB
日置元久


 社会とは人と人との係わり合いを指し示すものであるのならば、交友関係や家庭も立派な社会と呼ぶことが出来るだろう。
 しかし、そういった小規模な範囲での常識というものは、他の集団や大規模な社会では通用しないことがある。仕事を目的として構成された社会においては尚更の事だ。そう言った社会は、前述の小規模な社会とは若干性質が異なるからである。そして、そう言った社会を一般的に「社会」と呼んでいるようだ。

 現在の教育システムでは、学校という社会から、いきなり上記の「社会」に輩出される傾向が覗える。
そのとき、受け入れる側としては、どういった人間が望ましいのだろうか。「社会」に出て、初めてそこで通用する社会性を模索し始める者と、既にそこで通用する社会性を持ち合わせた者。当然、後者のほうが望ましいに決まっている。前者に必要となる教育の手間も時間も必要がないからだ。

 では、そう言った人間は、一体いつそれを身につけているのか。それはもちろん、学生時代である。人生の順序を考えれば、この学生時代に何をするかと言う事がいかに重要か、すぐにわかるはずだ。


具体的に何をすれば良いのか、というと、社会に出て比較的すぐに周りの役に立てるように訓練しておく事だと思う。喋れて、礼儀正しいだけでも見るからに役立ちそうである。そして、それが出来るのであれば、もちろん食いはぐれる事も無いだろう。人の役に立てるということが、延いては自分のためにもなるということだ。つまり、ある程度他人の都合の良い様に振舞えると言う事が、自分にとっても都合が良いという事なのである。そしてその他人にとって都合の良い振る舞いというのが、社会性と呼ばれるものなのではないかと思う。

 しかし、現実にはそれができている人はあまりいない。やはり学生と社会人とは違う面が多いからだ。学校というところは勉強等のできに比例して成績等が評価される。明確なものさしがあるので結果的に努力に比例して評価されるもののようである。先輩後輩などの関係は会社の上司部下の関係に変換されるのだが、部活などをやらなければ先輩と交流する機会は少ない。会社はいきなり「社会」に輩出される学生達には初めてそこで通用する社会性を模索し始める者もいることを考慮して教育していかなければならないのだと思う。

 残念ながらそれができている「会社」というものは少ないように見える。そうさせているもののひとつに、日本古来から続いている悪習がる。人より年が多いというだけでそのものの言うことが正しいとしなければならない者や、必要以上に権威を振り回すもの。弱者に手を出すことで自分の地位を確認する者。それらの者が「社会」の常識を歪めている要因の一端であると思う。









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2009年06月18日

平澤東彦氏(昭和39年卒・高16回)/トーショーエクセル

◆平澤東彦氏(昭和39年卒・高16回)/トーショーエクセル株式会社

トーショーエクセル株式会社
設 立 1989年8月

事業内容 スティック充填包装(顆粒)
三方充填包装(粉末、顆粒)
三方計数充填包装(錠剤等)
ビン詰め計数充填包装
化粧箱最終仕上げ加工等
認定資格  ISO9001(2004年9月取得)

posted by 王工の思い出 at 12:34| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ■リンク集…「卒業生のHP」■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

柄本明氏(19回卒−昭和42年A組)

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┗●柄本明氏(19回卒−昭和42年A組)

テレビや映画で活躍している卒業生です。

柄本明-02.jpg


柄本明色紙.jpg















▲閉校式典に寄せて……
       サインを書いていただきました



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校歌を聴きましょう……。歌いましょう。

都立王子工業高等学校・校歌

                      土岐善麿 作詞
                      信時 潔 作曲


   天はあかるし  地はひろし
  有線無線に  結ぶところ
  文化の道の  新たに開け
  桜に映えて  かすむ筑波よ
  紅葉に照りて  かがやく富士よ
  のびゆくちから  常に若し


  朝は風澄み  夜もしずか
  めぐるや機械の  ひびき楽し
  社会の動き  ただちにつたへ
  たゆまぬ勤労  こころ正しく
  友情深く  岸辺に立てば
  音無川は  更に清し


  王子工業高校に
  意気と希望のわれらあり
  意気と希望のわれらあり


校歌の楽譜.jpg



























【王友会ホームページ】で聴くことができます。










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posted by 王工の思い出 at 13:25| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆「校歌」にまつわる話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「王工の校歌制定」/元教論 高木一郎

「王工の校歌制定」

この文章は
「30周年記念誌」より抜粋しました。 


 懐かしい王子工業高校がこの4月で創立30周年を迎えられた由、誠におめでとうございます。

 私も教員生活を始めましてはや20年。人間味あふれる多くの先生方、そして意欲的な生徒諸君との当時の生活は、今日なお一つ一つが走馬燈の如く思い出されて参ります。


さて,私が記念誌に校歌制定を中心に書くようにとのことですが、私は校歌が何故おくれて出来たのかは存じませんので、当時の様子を書かせて頂きお許し願いたいと思います。
 昭和26年と申しますと、末だ日本が終戦の苦しい時代から脱しきれぬころではなかったかと思います。当時の王子工業高校は旧陸軍の兵舎あととて、叉修理も出来なくて窓ガラスがなかったりで、もちろんピアノ・オルガン等もありません。そんな中でも生徒は誠に意欲的でした。
 こうして今思いだしますと、あまり良いと思われぬ環境にもめげず、一所懸命に勉学に励み、運動会に遠足に、その若さと楽しみを発散させていました。
 こんな中で何か一つ足りない様な気がするもの,「校歌が早くほしい!」と感じていたのは先生方ばかりでなく生徒諸君もそうではなかったでしょうか。修学旅行へ行った時など、バス旅行の終りにガイドが『最後に校歌を歌って頂いてしめくくりましょう・・・・』と言われた時など、いや何とも困った当時を思い出します。こんな気持の盛上りが実ってできた校歌ではないでしょうか。
 さて何時でしたでしょうか,私は教頭の瓦井先生から呼び出されて『君は校歌の譜を頂きに行く時私と一緒に行ってもらいたい』と言われてびっくりしました。私が何故,それは私がオルガンを少し弾くことと、その頃は音楽の先生がいらっしゃらなかった言う理由によってのようでした。

 それから間もなく瓦井先生のお供をして国分寺の信時先生のお宅へ伺いました。そして静かな自室のピアノの前でこう話をして下さいました。『この王子工業高校の校歌はこれから50年いや100年と王子工業高校の歴史と共に若い生徒さんに歌われるのですから、いつの時代にも又誰もが歌えるように作曲しました』と申されていました。

 当時の古い木造校舎ではありましたが、みんなが待っていた。そんな気持でしょうか。電気科の2階の製図室で、また機械科工場での入学式・卒業式には、この校歌が元気よく歌われ、運勧会にも若人の活気が校歌に乗ってグランドに流れました。
 「天はあかるし地はひろし・・・・」元気な歌声はいつまでも続くことてしょう。




【都立王子工業高等学校・校歌】の作詞者と作曲者

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◆土岐善麿(とき ぜんまろ)
(1885-1980・明治18年−昭和55年)

 歌人。文学博士。芸術院会員
 東京・浅草に生まれる。明治37年、東京府立一中より早稲田大学に進み、41年、同校英文学科を卒業。読売新聞社、朝日新聞社記者をへて同論説委員として勤務。ローマ字運動を推進、独特のローマ字短歌を発表。のちに早稲田の教壇に立った。昭和22年「田安宗武」の研究で学士院賞を受ける。
 北原白秋、若山牧水らと同期。また、石川啄木とも親しく交流があり、短歌に独自の世界を開き生活を具体的に読み込んでいくことでその近代化につとめ、それからは誠実に生きようとする人間像を求め近代短歌上すぐれた存在となった。

◇代表作品
・「黄昏」
・「六月」
・「遠隣集」
・「Uguisu no Tamago」訳本
・その他多数


◆信時 潔(のぶとき きよし)
     (1887-1965・明治20年−昭和40年)

 作曲家。芸術院会員。
 大阪府生まれ。明治43年東京音楽学校卒業。その後ドイツに留学し「ゲオルク・シューマン」に師事。帰国後、大正12年〜昭和7年母校で後進の指導に当たる一方、ドイツ古典派手法による素朴な日本的作品を数多く発表した。昭和17年帝国芸術院会員。昭和38年文化功労賞受賞。
 昭和12年11月に放送されたNHK国民歌謡には、同氏のドイツ古典主義的な作風である当時前衛的な十二音技法による作品として、大伴家持の歌に曲をつけた「海ゆかば」や当時の国策音楽としての時代背景によって生まれた「国こぞる」などがある。

◇代表作品
・カンタータ「街道東征」1940年
・歌曲「海ゆかば」1937年
・歌曲「沙羅」
・ピアノ曲「日本童謡集」
・唱歌「一番星見つけた」「ポプラ」
 「電車ごっこ」

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CD・校歌.jpg













▲60周年を記念して制作しました。


CD-入稿04out-1のコピー.jpg

















▲2009.03.07 閉校式典に伴い制作しました。










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王工の校章の歴史

王工の校章の歴史


◆この文章は
「創立30周年記念誌」より抜粋したものです。

 【戦後徽章の制定を中心に】
  記・元教諭 岸田幸雄

都立王子工業高等学校の現在の校章は、
機械工作に使う定盤をややななめにしたものを2つ組合せ、
真中に高等学校の「高」の一字を配したもの。


◆デザインは……昭和24年卒業・佐田実氏

         
はじめに
         
 私が本校にお世話になったのは、昭和19年の4月から昭和24年の3月までの5年間で、戦中、戦後の境目に当り、新しく6・3・3の学制が始った頃ですから、当時の思い出を述べながら、私も関係した徽章制定のことにも触れたいと思います。

 私を本校に採用して下さったのは、初代校長の野々山佐一先生で、たまたま先生のお住
いと私の家が近かったこともあって特別にお世話になり想い出も多いのですが、終戦までのことは他の先生方にゆずりましょう。


新制中学校への人事異動


 新学制への移行について、第一に想い出されるのは、都の方針が当時発足した新制中学校へ旧制中等学校の教師の半分以上が異動しなければならないということでした。これはわれわれ職員には相当なショックでした。それもそうでしょう。新制中学校といっても独立校舎があるわけでなく、どのように発展して行くのか皆目見当もつかなし、何も無理して住みなれた学校を後にして、わざわざ中学校へ行くほどのことはないということで大方の先生は腰が重かったというのが正直なところだったように思います。そのようなわけで自発的な申し出も少く、当時の高橋三郎校長もずいぶん頭を痛めた模様でした。遂に校長の考える候補者を内示されましたがこれがまた大きな抵抗に会いました。

 結局、新制中学校へ出られたのは私の記憶では次の方々でした。
 鈴木初美・稲見辰之進・君塚一衛文・大山勝・佐藤敬勇・小林正治(旧姓中島)・小林修の諸先生と私の計8名でした。今でもそれぞれの顔をはっきり思い出すことができます。


 この中で大山勝先生はすでに物故されましたが「王友」誌の旧職員の名簿からも抜けています。次号発行の節はぜひ載せてほしいと思います。

 とにかく新制中学校への人事異動のことはその時移った私共にとって忘れることのできない想い出です。後になって考えればその時出た方々はみな自分から積極的に転出された方々ばかりのようです。


生徒募集のこと


今でこそ本校への入学志望者の数は非常に多く選ぶのに苦労しておられるようですが、終戦直後は一般に普通高校にはかり行きたがって工業高校を志望する者がさっぱりなくなり、これではいかぬと生徒狩り集めに学校をあげて奔走した一時期がありました。


 中学校の先生たちを学校へ招いて説明会をやったり、街頭にボスターを張り出したこともありました。この時は私の専門が美術ということで瓦井教頭から一役おおせつかりました。何しろ物資の極端な不足の時ですから、ポスターも手描きよりほかはなく、いろいろ考えた未、型紙で張り込みが一番いい、それには型紙にはペナペナな紙では駄目で何かしっかりした紙はないものかと教頭に相談すると、瓦井先生も大乗気で「それではいい紙を持って来てやる」といって未だ使わない写真の印画紙の大判のものを提供してくれました。


 おかげでまあまあ見られるポスターができました。あとは手わけでボスター張りです。私は川口方面をひきうけましたが、寒風の吹きすさぶ日で電柱に糊で張ろうとすると、すぐ風に吹き飛ばされて、相当苦労しました。今でもその時の情景が目に見えるような気がします。


新制高校への移行


 当時私は勿論平教員でしたが、今にして思えば、新制高校への移行については特に管理者の方は大変なご苦労だったと思います。
 その頃私は、都の新制高校対策委員をしており、小石川高枝の成田先生(弟さんの方)を委員長としてずいぶん頻繁に会合を開きました。
 しかしその委員会で何を具体的にきめたかというと、どうもあまりよく思い出せません。そういうところを見ると私はあまり役に立っていなかったんだろうと思います。ただ新しい教育課程によって脚光を浴びたものの一つにホーム・ルームの間題がありました。

 当時このホーム・ルームについて積極的に取り組んだ学校に北園高校がありました。同校ではホーム・ルーム、ティーチャーへの所属を生徒の希望によって始めました。本校もこれを範としてやりましたが、いざやってみると、先生によって生徒の数に大きな差が生じてしまい、その調整に一苦労しました。

 そして仲問の間では「これからは生徒にお使い物をしなけれはならない」という冗談が交わされたのも想い出です。


飛鳥中学校のこと


 新制中学の発足と同時に、本校の一部に区立の飛鳥中学校が間借りで生れました。そこの初代校長が後の本校の三代校長となった沢畠美福先生です。

 私事で恐れ入りますが、この沢畠先生は私の先輩筋に当る方で、発足の昭和22年に先生から飛鳥中学校へ来ないかと私にお話がありましたが、私とすれば新制中学がどのようなことになるやら見当もつかなかったのでご辞退申し上げました。

 しかし2年後に再びお話があったので、その項はもう新制中学枝の将来もどうやら見当がついたので私は飛鳥中学校に転出いたしました。

 そして1年したら今度は沢畠先生が本校の校長としてお移りになってしまいました。つまり1年おいて入れ代るという不思議な運命になりました。

 当時の校舎は兵舎だったままの木造で、手入れはされず、壁は落ち放題、天井は突つ抜け、廊下は穴ぼこだらけで、窓枠はなしという状態で、廊下の穴ぼこに足を踏み込んで怪我をする者が出たり、天井がない為に、隣やそのまた隣の声がつつ抜けに聞えて来たり、雨の日は机を片寄せて勉強するという有様で、今の鉄筋校舎は夢のようです。

 
 
 徽章制定の苦心
 

王工/旧徽章.jpg














 さていよいよ徽章制定のことてすが、これは編集者の方のご注文でもありますので、少々詳しく申し上げましょう。


 徽章といえば本校が旧制工業学校時代には全く別の徽章がありました。それは丸い形で縁が三重の輪になっていて、中に「王」と書いたもので、図案した方には誠に申訳けありませんが、あまり面白いものではなく、一度私は野々山校長に工業学校時代に図案を変えてはどうかと進言したことがあるような気がします。

 しかし新制高校発足に伴い、「新しい徽章を」ということはごく自然に職員全体の要望になって参りました。


 この時も瓦井教頭から美術関係ということで私に骨折るよう言いつかりました。そこで職員会議で先生方とも相談して、まず斬新な図案を求めるために、生徒、先生から懸賞募集し、その選もそれらの投票によって決ることにいたしました。

 そこで私自身もいろいろ図案を考え、また他校の徽章も改めて研究しました。するとたいていの徽章が三角型、四角型(これは割合に少ない)、五角型・変型の4通りぐらいになることを知りました。そして丸型だけは避けたい、中の文字には『高』の字を持ってきたいと考えました。この2つは他の先生方も同意見のようでした。


 いよいよ応募した図案を集めてみますと、私が予想したよりその数は多くありませんでした。そして多少手直しする必要がありました。 私は全部の図案を描き直し、それに私自身の図案もまじえて公表しました。

 今度は投票です。投票が始まって困ったことが起りました。それは私がデザインした翼を拡げたょうな平凡で私自身気に入らない図案に生徒の票が集り出したことです。

 私としては今更引っ込めることもならず、私が秘かにいいと思うある生徒の作品に票が集まることを祈るばかりでした。


 一方生徒の方もこの投票には強い関心を示し、特に上級生が熱心で、生徒の佐田実君のデザインがいいではないかという声が盛り上ってきました。よくしたものでこの佐田実君の作品こそ私が秘かにいいと思っていたその作品なのです。
 結局、佐田君のデザインヘの票はうなぎ登りに増えて、先生方にも異存はなく、佐田君の作品に決ったわけです。


 この図柄は、機械工作に使う定盤をややななめにしたものを2つ組合せ、真中に高等学校の「高」の一字を配したもので、誠に簡明で、すっきりしており、先に申し上げた比較的少い四角型の系列に属するものです。

 本校の徽章制定には以上のような経過と苦心があったわけで、このことに関係させて頂いた私としては、何か私白身のデザインのような錯覚におち入り、愛着ひとしおのものがあります。

 今でも路上であの徽章をつけた本校の生徒に会うと、ちょっと声をかけたくなるような気持になる私です。

 当時、私が清書して生徒たちに示した作品一覧の図面は、長く拙宅に保存してあったのですが、この寄稿に当り家中を探しましたが、どうしても見当らずこの機会にお示しできないのが残念です。

 できたら佐田実君のポートレートでもご掲載頂ければこんな嬉れしいことはありません。


王工/新校章−帽子.jpg










師弟の間柄

 最後に当時の学校の雰囲気というか、先生と生徒の間柄についてお話ししてこの稿を終りたいと思います。

 終戦前後のその頃は誠に物資不足の苦しい時代でしたが、先生同志も先生と生徒の間柄も非常に仲がよかったと私には想われてなりません。


 時代が時代ですから、結構われわれは生徒をたたいたりなぐったりしましたが、(今考えればこれは教師として甚だお恥しい限りですが)それでも生徒はついて来てくれました。

 そしてわれわれ教師に対して傑作のアダ名をつけてくれました。
ちょっと想い出しただけでも・・・・
河馬さん(瓦井先生)、奥さん(宇野先生)、 ヂャガイモ(大山先生)、チャボ(栗田先生)、ゴボウ(山本実先生)、カマキリ(私)
などがあります。・・・・・ご免なさい!

 これらの諸先生・・・・これらはアダ名といっても愛称に近く、何処か愛矯があり、また親しみが感じられます。私の「カマキリ」に至っては当時私はやせており、時々怒りましたので、カマキリとはいいえて妙です。


 いつか連動会の時にはカマキリの形をした大きなプラカードのようなものを押し立てて気勢をあげている生徒たちがいましたが、これには参りました。しかし嫌な気持はしませんでしたね。

 とにかくその頃本校の先生同志、また師弟の間柄には親密なそして幾分ゆったりした一種独特な空気があったことが大変懐しく思い出されます。

 私は本校を去ってからすでは20年以上経っているにもかかわらず、いまだに何かあると私の足は自然に本校へ向くのです。大学問題、高校間題のうるさい昨今に比べて、当時は物こそ不自由でしたが誠によき時代であったと想い出さずにはいられません。


 どうも懐しさのあまり、自分のことを中心に、他のご迷惑を顧みず勝手なことを書きつづりましたことを深くおわびしてこの稿を終ります。


王工・徽章.jpg



















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posted by 王工の思い出 at 11:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆「徽章」にまつわる話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月01日

室田嘉一郎氏(14回卒/昭和37年・機械科)

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室田嘉一郎氏(14回卒/昭和37年・機械科)


室田嘉一郎のコピー.jpg

今は……「益子焼き」の人生を送っています。

 いま自分は、還暦を3年前に通り過ぎ焼き物の産地益子で、焼物を生業にしてしている。
 ロクロを挽きながら、若いころを振り返ると、なにか不思議な気持ちがしてならない。

自分らの若い頃、世の中は、今のように便利で豊かではなかったが、経済発展途上の勢いと言う物があった。新しいものが次々と生れ、物も給料も年々値上がりし、単純に未来に希望が持てた。

 当時の庶民の生活は豊かさとは程遠く、大学進学は少数派の時代、まだ工業高校の人気も高く、自分の入学時の王子工業の入試倍率は約3倍だったと記憶している。

 卒業時、引く手あまたの世の中で電気通信科の就職先は、ほとんど一流電機メーカーであった。そのご相伴に預かり、成績不振の自分であったが、クラスの皆に比べ初任給だけは上位の工業計器メーカーに就職できた。

 順調に行けば、工業計器メーカーで、プロセスコンピューターの製造部門で、鉄鋼、繊維メーカーなどのデータ処理の仕事に従事し、今頃ほ、定年退職後の年金生活、そして趣味の日曜大工が高じて、自分の家をログハウスでこつこつ建てようかなどと考えていたかもしれない。

 幸か不幸か、物事は思い通りに行かないもので、父親の怪我で家業の工具屋を手伝うことになり、せっかくやる気になっていた王子工業で薦めてくれた就職先を、一年数か月経験しただけで終わってしまった。

 それからの機械工具の販売も十五年、我ながら精一杯がんばったが、自分の人生が納得できず心機一転、ふらりとやってきた益子で突然、焼物の修行を始め、やがてなんとか、現在の小さな窯を持って民芸品の益子焼を作り続けて生活をしている。

 焼物作りは、ロクロ、削り、釉の調合、釉掛け、窯焼、など工程が沢山あり、失敗が多く、その結果、経済的には苦しく現代人の便利で贅沢とはほど遠いい生活である。好きなことを通すのはキビシーものである。

 しかし今では、益子焼の持つあたたかみを生かした、手づくり民藝にこだわる自分の焼物に共感し次の作品を楽しみに待ってくれる人もぽつぽつ出てきた。
 還暦は過ぎたが定年などとはほど遠く、自分の仕事はいよいよ、これからが本番だと思っている。

 また、山の中に住んでいることと、益子焼をしているお陰か、今では王工時代の同級生たちもときおり我が家を尋ねてくれるようになった。そして地元で開催する個展には毎回顔を出して励ましてくれる。同級生は利害関係もないので、暖かい付き合いで、何時までも幸せな気分になれる。




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posted by 王工の思い出 at 09:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ■リンク集…「卒業生のHP」■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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